 |
|
新城せつこ
1962年12月7日生まれ
沖縄久米島東奥武島(オーハ島)生まれの野生児!自然に育まれた幼少時代、原点はやはり久米島だ!
1972年5月15日 小学4年の時、沖縄が日本に「返還」。
1982年 県立糸満高校を卒業し関東短期大学・初等教育科へ。昼間は学校、夜は工場で働きながらの生活に大分鍛えられ、寮では友人に恵まれた。
1983~1988年 私立保育園・弁護士事務所に勤務。
1991年 28歳で区議選に初出馬。
1995~2007年 杉並区議会議員(3期12年) 。
2007年 4月区議選で54票差の次点となり惜敗。
家族:夫と2人暮らし 趣味:読書/ハイキング
|
|
|
新城節子のいきいき・おもな活動日誌(2009年春) |
|
作者 新城せつこ・けしば誠一
|
|
2009/04/07 火曜日 12:05:02 JST |
|
2月1日 韓国民団新年会
三井グラウンド学習会
3日 沖縄新基地建設反対衆議院院内集会
7日 教育フォーラム傍聴
8日 包囲ネット・教育集会
10日 朝鮮総連新年会
11日 介護と医療を求める会例会
13日 地方議員交流研究会
18日 解雇問題労働相談
19日 生活相談・住宅問題
20日 5・27国労弾圧裁判傍聴
21日 9条改憲阻止の会学習集会
22日 事務所バザー
24日 文教委員会質問準備
25日 戦争体験者の会打合せ
26日 生活相談・都建設局交渉
28日 東京大空襲朝鮮人罹災者慰霊会
3月3~13日 予算委質問準備
1日 在東京沖縄交流会
6日 生活相談・被害調査
6日 税務相談会
8日 後援会例会
8日 教員と市民会例会
10日 生活相談・都水道局交渉
14日 戦争体験者一〇〇人の声の会集会
18日 賃金不払い労働相談
20日 雇用問題学習会
22日 事務所バザー
25日 遺産相続法律相談
29日 後援会花見
30日 国労弾圧裁判傍聴
31日 カフェ「こんぺい陶」オープン
3月17日~4月4日 区政報告作成
|
|
作者 新城せつこ・けしば誠一
|
|
2008/03/23 日曜日 00:00:00 JST |
|

大雨の中、会場には小さな子どもをつれた家族や高齢者など6千人が集いました。
同時刻、石垣島や宮古島でも集会が開催されました。
2月10日の女子中学生暴行事件後も、飲酒運転や住居侵入など米兵の犯罪が続き、施政権返還前と変わらない現実に怒りが沸騰しています。
この日の取り組みには社会福祉団体や労働組合、社会教育団体をはじめ99団体が実行委員会に加わり、宜野湾市、那覇市、沖縄市をはじめ10市町村の首長が登壇しました。
開会にあたって復帰前から奪われてきた人権の回復、人権を保障させる社会運動の第一歩をとの訴えに、満場の拍手があがりました。開いた傘が微動だにしない、参加者が演壇に集中した集会でした。新基地建設阻止にむけ、私たちも頑張ります。 |
|
作者 新城せつこ・けしば誠一
|
|
2007/09/29 土曜日 00:00:00 JST |
|
9月29日教科書検定意見の撤回を求める沖縄県民大会に小笠原恵子さんと一緒に参加をしました。
11万人の数に心も体も圧倒されっぱなし。
会場に向かう過程ですれ違うバスにはおじいさんやおばあさん、子どもたちの姿が見え、地域・部落ごとの参加がうかがえました。
バス停には何人もの人たちが到着する路線バスに乗れず、やり過ごす姿を何度もみました。小さな子どもの手をひいた若い夫婦の姿、心がとても熱くなりました。
午前中は、小笠原さんとともに辺野古とヘリパッド建設阻止を闘う東村・高江に激励に向いました。
辺野古の命を守る会小屋では安次富さんや篠原さんにお会いすることができました。
県民大会の会場は向う車両で渋滞し、着いた時にはすでに集会は始まっていました。
バス停で待っている人々は無事にまにあったでしょうか?
 |
|
>> 続きを読む...
|
|
作者 新城せつこ・けしば誠一
|
|
2007/02/23 金曜日 00:00:00 JST |
つい先日、「退院しました」と少し元気な声のTさんから連絡がありました。昨年末、Tさんは自身を刃物で傷つけ入院しました。私も同行し、1日がかりで入院手続きをしました。はじめて訪問したM病院の精神科病棟はすべて鍵がかかっていました。各室への通路、トイレの出入りなど、どこへ行くにも職員に声をかけなければなりませんでした。建物も古く、非常に圧迫感があり、患者や働く人にとってけっして良い環境とはいえませんでした。 夢を見ました。病棟から出てくる人々の中に私はTさんを見つけ出し、思いっきり抱きしめて、「大丈夫?つらい?」と問いかけていました。 生活不安、過労や人間関係などのストレスが原因で働く世代に「心の病」が増えています。 一人で悩まないで。ともに支えあえる仲間でありたいと思います。 |
|
作者 新城せつこ・けしば誠一
|
|
2007/02/13 火曜日 00:00:00 JST |
同僚のけしば議員が、1月に信号無視の車にはねられ足を骨折しました。けしばさんは現在、車椅子と松葉杖で議会や地域活動を行っていますが、私もそのことでたくさんのことを学ぶことができました。この機会にと、けしばさんと行動をともにし、私も車椅子でまちを体験してみました。日ごろ気づくことのなかった様々なことを気づかされています。 車椅子では、1cmたらずのちょっとした段差でもつまづき、傾斜になった歩道では車椅子が車道側に流されてしまうことなど、身をもって体験し、一方でその段差を車椅子の障がい者が前車輪をもちあげ、ぴょんと、なんなく飛び越える様にとても感心しました。 以前、環七側の方南町交差点に音声型信号機の設置を求めて、視覚障がい者とともに、とりくみを行った際にもそうでしたが、健常者にはない能力が障がい者には発達していることに感心したことを思い出しました。 バリアフリーのまちづくりの大切さを地域の方と話していると、身重の女性にとっても同じことが言えるということになりました。大きなお腹を抱えた女性は、歩道を渡るにも時間を要し、信号がついている間に渡りきれないことがよくあるというのです。障がい者や高齢者にやさしいということは、だれにもやさしいということなんだと、教えられています。 |
|