今を感じる・過去を学ぶ・未来につなげる「被爆65周年8.6ヒロシマのつどい」に参加しました
2010/08/14 土曜日 15:50:38 JST
 被爆65周年のヒロシマでは、党派の政治的利用と分断で衰退した原水禁運動を、党派を超えて広範に手をつなぎ呼びかけた行動が取り組まれました。

 もう一度、被爆の原点に立ち返り、被爆者の声とりわけ被差別部落や在日朝鮮人被爆者の証言から学びなおそうと新たな試みを始めて3回目です。集会は、被爆者と被爆2世・3世、被差別部落と在日韓国・朝鮮人が主体となって準備され、今年はこれまで以上の意義深い内容を実現することができました。

 お話の冒頭は原爆詩人の上田由美子さん。自らの体験と65年を経過してもなお迫る被爆の日と、その後の苦しみを切々と語りました。「広島の夏は街全体がこの時 静止する 晩景 色を失せ 黙祷するかのように 夕凪に従う」…『被爆者が被爆者にささげる祈り』の詩を朗読し、最期をまとめられた上田さんの語りは心の底に迫るものがありました。

 「植民地から100年」在日韓国人2世の李金異さんの訴え、福島町の被差別部落の被爆者のご紹介が、限られた時間で思いの100分の一も語れなかったでしょうが、集会の基調となりました。日本軍による重慶爆撃被害者や細菌戦被害者からの発言、沖縄の知花昌一さんのアピールが、集会の心を一つに結びました。

 記念講演は、昨年から広島修道大学人文学部で「広島学」の講師を勤める女優の斉藤とも子さん。斉藤さんは、冒頭で重慶爆撃の被害者や細菌戦被害者を前にして、満州病院に勤めていたおじいさんの責任と、敗戦時父親が朝鮮人に命を救われて今自分があることを声を詰まらせながら語り、被害と加害の問題について触れました。体内被曝小頭症患者とのつながりを通して、放射能と闘う親とこどもたちの生き様が伝えられ、何度も胸に熱いものがこみ上げました。

 シャランゴの演奏、フィナーレはドイツの若者と日本の若者による着物ファッションショー、彼らに課せられた宿題は「祖父母の戦争体験を聞いてくること」…そこから何を学ぶか、ということでした。

 盛りだくさんな企画を、部落解放同盟全国連合会書記長中田潔さんが明解にまとめ上げ、盛会に幕を閉じました。

 今年は、参院選や区議会補欠選挙で、準備過程のお手伝いや東京からの参加者の拡大が思うようにできませんでした。 今年の集会の豊かな内容を訴えながら、来年はいっそうの拡大をはかりたいものです。

   被爆者の訴え

  上田由美子さん 

   重慶裁判

   皆さんのお話をカンパアピールにどう生かそうかと真剣な新城です

   皆さんのお話に聞き入るけしば

   心打たれた斉藤とも子さんの講演

   新城はカンパアピールを担当しました

   広島とドイツの若者から着物ファッションショーと祖父母の戦争体験が語られる

   原爆ドームと平和の願いこめた灯篭流し

   国連事務総長の花輪が捧げられた韓国人慰霊碑
 
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